心理的安全という言葉の出典をたどると

Team psychological safety is defined as a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking.

とあるように、心理的に安全かどうかは「対人リスクのある行動を起こせるかどうか」と捉えることができるわけですが、では対人リスクとは何でしょうか。

心理的安全の研究者Amy Edmondson によれば、

  1. IGNORANT - 無知だと思われる不安
  2. INCOMPETENT - 無能だと思われる不安
  3. INTRUSIVE - 差し出がましいと思われる不安
  4. NEGATIVE - ネガティブだと思われる不安

の4つが職場環境における対人リスクであると定義されています。

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ところで、私たちのチームは少しずつ成熟してきていて、おかげで随分と対人リスクを感じないようになってきました。しかしそれでもなお行動しない・発言しない場面が自分の経験上あるので、その要因が何なのかを改めて考えてみようと思います。

例えばブレストの場で新しいアイデアを出すとき、自分の思考を人に見られるような不安を感じたことがあります。アイデアを出す時間なので邪魔をする人だとは思われないだろうし、日頃の関係性から無知無能だとも思われないだろうけれど、どこか言いにくい…という心境です。
他の例だと、チームメンバーの行動で改善してほしい部分を見つけたとき、日頃から良好な関係性が築けていたとしても慎重に言葉を選ばないと…というプレッシャーや面倒臭さからフィードバックを躊躇したことがあります。
その他にも、問題を指摘することでその対応が自分の仕事として降り掛かってくる負担から発言を控えた場面など、例を挙げればいろいろ出てきます。

Edmondson の対人リスクという分類を知る以前、私はこれらを3つのカテゴリに分けて捉えていました。

  1. 個性を出すリスク
  2. プロセス・成果・失敗を見せるリスク
  3. フィードバックするリスク

Edmondson の対人リスクと比較しながら考えてみます。

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個性を出すリスク

言い換えると自己開示するリスクとも言えます。自分の考え方・感じ方・価値観・ポリシー・アイデアなどを人に知られることへの心理的な抵抗により、行動を起こしにくくなることを表しています。端的に言うならば「内面を知られる不安」です。

この抵抗感は、IGNORANT / INCOMPETENT / INTRUSIVE / NEGATIVE だと思われるのでは…という不安が根底にあり、まさしくEdmondson の対人リスクであると捉えることができそうです。

一方で、無知無能などとは思われたりしない信頼に足る関係性であったとしても行動を起こしたくない場面があります。私は「自分が人からどう見られているか」をコントールしたい節があり、無知無能といった悪評だけでなく、優秀・斬新・面白いなどの好評であっても、それが私が望まない評価であればもらいたくないと思うことがありました。

このことから、Edmondson の対人リスクは「人が行動を起こさないすべての理由が網羅的に定義されたもの」と捉えるより、「対人リスクの代表例」くらいに捉えると良いのかもしれません。また対人リスクがどんな心理であれ、自分の印象を操作したいという気持ちが根底にあると知ることに意義があるのだと思います。

プロセス・成果・失敗を見せるリスク

自分の働く様子をじっくり見られることや、その結果を誇張なく正しく伝えること、ひいては失敗したことを率直に伝えることへのリスクです。言い換えると「業務を評価されるリスク」でしょうか。個性を出すリスクと対比的に見るなら「行動を見られる不安」です。

これはEdmondson の対人リスクにかなり近いものだと思います。

ひとつ気になるのは、一部のエンジニアが時たま思う「書きかけのコードを見られたくない」という気持ちはプロセスを見せるリスクに含まれると思うのですが、Edmondson の対人リスクには分類できるのでしょうか…? 製作中のものを見られる気恥ずかしさの根源が何なのか、私にはまだ分かっていないです。

フィードバックするリスク

特にネガティブフィードバックをするリスクです。先例のように信頼しあった関係であってもネガティブフィードバックは気が重いものです。Edmondson の対人リスクのINTRUSIVE やNEGATIVE に通ずるところがあるでしょう。

ただそれだけではなく、ネガティブフィードバックはやや特殊な性質があるのではないでしょうか。INTRUSIVE やNEGATIVE に思われる不安と、利害要因とを天秤にかけた上で、行動を起こすかどうかを判断しているように感じていました。
例えばエンジニアはコードレビューをします。これにはネガティブフィードバックが含まれています。沈痛な思いでコードレビューしている人もいると思いますが、そうであったとしてもネガティブフィードバックをすることの価値(コードレビューしないと何らかの形で自分が損をする、自分の望むものとかけ離れる、という気持ち)が優先され、リスクを乗り越え行動が生まれるのではないかと考えていました。

ちなみにEdmondson は「心理的安全」と「責任やモチベーション」は相関関係にないと言っていて、コードレビューの例に当てはめるなら、心理的安全がやや欠けていても責任やモチベーションにより行動が生まれる、ということで説明がつくのかもしれません。

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ここまで、自分が抱いていた対人リスクをEdmondson の対人リスクに当てはめて考え直してみました。私にとっての一番の気づきは対人リスクの元となる不安はなんであれ、自分の印象を操作したいという欲求が背景に潜んでいるということです。「自分をどう見られたいと思っているか」「なぜそのように見られたい/見られなくないと思っているか」と印象操作について掘り下げることで自分の行動原理と向き合うことができそうなので、引き続き考えていこうと思います。

本日はここまで。